2003年秋に久々に日本に帰国し仕事を始めた時に驚いたことが沢山あったが、その一つに「個人情報」がある。外来では個人情報たる患者の名前を呼んではいけないと電光掲示板にわかりにくい番号表示がされていた。今はもう慣れたので確かに大きな待合スペースで患者さんの名前を連呼するのはちょっと気が引ける。しかし、以前勤めていた大学病院では診察室と診察室との間の仕切りの上がなく(スプリングクラーの関連で)、隣の声が丸聞こえ。患者さんを名前で呼び出してはいけないが、一方で「XXさん、あなたはXXがんです」が丸聞こえ。このギャップというか本質から外れた流れは一体何だと思わず笑ってしまった。建前、本音、現実が入り混じった結果だと思うけれど。1990年代に勤めていたヒューストンの大学ではまだコンピュータも普及し始めた時代だったのでデータの扱いについてはかなり緩かったけれど、1999年〜のNYのがんセンターでは確かにデータの扱いには厳しくなっていた。ただ、日本の大学病院とは違い、いかに制限するかもさることながら、いかにデータを取り出し研究活動に利用しやすくするかの観点を意識しているのが感じられた。そういう意識を前面に出す方が、本質的なデータ・個人情報の管理に繋がるのでは!?