前立腺がん PSAとは/前立腺特異抗原 prostate specific antigen
- PSAとは? /
- PSA発見の歴史 /
- PSAを分泌するのは人間だけ? /
- PSAは前立腺のみから分泌される? /
- PSAはなぜ血液中に検出されるのか? /
- がん以外にPSAが上昇する原因は? /
- PSAのカットオフ値は4.0ng/mlでよいのか?
PSAとは?
「ピー・エス・エー (PSA)」は前立腺特異抗原(prostate specific antigen)の英語の頭文字からとった略語です。PSAは男性だけにある前立腺という生殖器官で産生されるタンパク質で、精液の中に混じって、ゲル状の精液をさらさらにすることで精子の運動性を高める役割があると言われています。
PSA発見の歴史
PSAは1966年に“ガンマセミノプロテイン”という名前の蛋白質として同定され、1971年に日本人である原らによってその特徴が位置づけられました1。その後1979年にWangらによってPSAが前立腺組織から抽出され、前立腺特異抗原:PSAと名付けられました。1980年には血液中にPSAが検出されることをPapsideroらによって初めて報告され2、1986年には米国で、PSAが前立腺癌に対する治療効果をモニタリングするマーカーとしてFDA(アメリカ食品医薬品局: Food and Drug Administration)から承認がなされています。前立腺がん検診におけるPSA測定の有用性が前向き試験で検討されたのは1991年になってからのことで3、前立腺癌の診断マーカーとしてFDAの承認を得たのは1994年のことです。以降、米国を中心にPSA検査が急激に広まり、同時に前立腺がんと診断される患者さんが激増しました。この頃から日本でもPSAが前立腺がんの診断や治療効果を判定する重要なマーカーとして広く使用されるに至っています。
PSAを分泌するのは人間だけ?
PSAを保有している動物は限られており、「人間」と、「犬」の体内でPSAは産生されていることがわかっています。興味深いことに世の中の動物たちの中で、人間の男性と犬は前立腺がんや前立腺肥大症に罹患する可能性がある数少ない動物なのです。
PSAは前立腺のみから分泌される?
PSAは前立腺“特異”抗原と呼ばれるため、前立腺のみから分泌されるタンパク質と考えられていますが、実際には前立腺以外の臓器、例えば乳腺、唾液腺、下垂体、甲状腺などの臓器にも微量のPSAが検出されることがわかっています。したがって女性にPSAを測定しても、ゼロではないのです。しかしながら、とても微量のため、日常診療では「前立腺のみから分泌されるタンパク質」と理解して問題ありませんし、PSAが高い場合に、前立腺以外の病気を疑う必要性はありません。 よく患者さんから聞かれますが、たとえば前立腺がんが骨に転移した場合(骨転移がん)、確かにがんがあるのは骨なのですが、“前立腺がん細胞”が骨に飛び火したと考えますので、転移した骨のがんもPSAを産生します。
PSAはなぜ血液中に検出されるのか?
前立腺は、「腺」という名がつく通り、多数の腺管と呼ばれる管状構造をもっています。正常ではPSAはこの腺管内に閉じ込められており、血液中には非常に微量のPSAしか出てきません。50歳以下の健常男性では血液中のPSA値の中央値は0.6 ng/ml (ナノグラム/ミリリットル)ですが、精液中には血液中PSAの1,000,000(百万)倍のPSAが存在すると言われており、血液中に入り込んでくるPSAは極めて微量であることがわかります。
「前立腺がん」があるとなぜ血液中のPSAが上昇するのでしょうか?古くから言われている原因として、がんの発生によって、正常の前立腺腺管構造が破壊され、腺管内に包埋されていたPSAが腺管外に流れ込み、PSAが血管から吸収されることで血液中のPSAが上昇すると言われています。以前からこの仮説が信じられていますが、実際にPSAが血液中に入り込むメカニズムを明確に示した研究データは存在しません。あくまでもそのように説明した方が理解しやすいため広まった考え方だと思います。
がん以外にPSAが上昇する原因は?
血液中のPSAは前立腺がん以外でも、加齢や前立腺肥大症、急性前立腺炎などの尿路感染症において上昇することがあります。排尿障害(尿閉)、射精、長時間の座位やサイクリング、尿道の操作(導尿、膀胱鏡検査など)、直腸診などでも一過性に上昇することがあり、注意する必要があります。
一方で、前立腺肥大症に対する薬物治療薬である5α還元酵素阻害剤(デュタステリド:アボルブ®)や男性型脱毛症に対する5α還元酵素阻害剤(フィナステリド:プロペシア®)などを内服しているとPSA値が低下しますので、これらの薬を内服している場合にはPSA値を2倍した値を本来の値と考え、判断する必要があります。
PSAのカットオフ値は4.0ng/mlでよいのか?
前立腺がん検診では、PSAのカットオフ値、すなわち「がん」を疑い精密検査が必要と判断される基準値は4.0 ng/mlが採用されていることが多いです。4.0以上の場合に「要精密検査」と判断されます。しかしながら、この4.0という数値には昔から賛否両論があります。
よく患者さんから、PSAがたとえば4.5だった場合、ほんの少し高いだけだから大丈夫でしょ?と言われます。しかしながら、PSAが正常値に近いからと言って、前立腺がんの可能性が決して低いとは言えません。もちろんPSAが20以上の場合、前立腺がんが存在する可能性は高くなるのですが、4.5でも大きな悪性度の高い前立腺がんが見つかることもありますし、10を超えても前立腺がんが見つからない人もいます。4.0というカットオフ値は、あくまでもがんの可能性を振り分けるための便宜的な基準値です。繰り返しますが、PSAが4未満であっても前立腺がんが存在することはあり得ます。過去の研究ではPSA が0.5 ng/ml未満の男性の6.6%、2~3 ng/mlの男性の25%、3~4の男性の約30%に前立腺癌が発見されたとの報告があります4, 5 . 確かにPSA値と前立腺がんが存在する可能性にはある程度の相関性、つまりPSAが高ければ高いほど前立腺がんが存在する可能性は上がる傾向がありますが、必ずしもそうではないことも多々あるというのが現状です。
通常検診ではPSAが4.0以上となった場合、泌尿器科専門医への受診を勧められます。しかしながらPSAが4.0以上であっても、前立腺がんが見つかる可能性は20~40%です。つまり60~80%の患者さんは前立腺がんが見つかりません。したがって、多くの患者さんは前立腺がんが存在しないのにも関わらず、前立腺針生検という侵襲的(身体に負担のかかる)検査を受けることになり、これが前立腺がん検診の大きな問題点とされてきました。では、PSAのカットオフ値を下げたらどうなるでしょう? 例えばPSAのカットオフ値を2.5まで下げたら、当然ですが「異常」と診断される人が増え、前立腺針生検が行われる患者さんが増加します。それによって前立腺がんを早期に発見される患者さんも増加しますが、一方で前立腺がんが無い人の多くに前立腺生検が行われてしまいます。つまり、前立腺がんを早期発見できる人は増える一方で、より多くの人が不要な前立腺針生検を受けなければならなくなるのです。
では、カットオフ値を7.0まで上げたら? おそらく不要な前立腺針生検を受ける人は減少します。しかし一方で、多くの前立腺がんが見逃されてしまうでしょう。
検診は、あくまでもがんの可能性のふるいを掛けるのが目的です。不要な前立腺針生検を回避し、また一方で命に関わってくるような前立腺がんの存在を見逃さないことが重要になります。残念ながら、どちらも満たすようなPSAのカットオフ値は存在しません。つまり、前立腺がんのある人を100%見極め、がんが無い人を100%無いと言い切れるような完璧なマーカーは無いのです。4.0というのが本当に適切なカットオフ値なのかどうか未だに議論が尽きません。間違いなくPSAは前立腺がん診断の有用なマーカーなのですが、PSAだけで前立腺がんの診断をすることは困難と言えます。そのため、PSAに加え、前立腺の体積や、PSAの上昇速度、Free-total PSA比、MRI、直腸診所見、家族歴、年齢など様々なデータをあわせて総合的に前立腺がんの可能性を診断する必要があるのです。
近年前立腺がんの診断でもっとも広まったのがMRI検査です。最近の報告でも、MRIが正常の場合に命に関わる前立腺がんが見つかる可能性は約10%と報告されています6。したがって、MRIが正常の場合には、前立腺針生検を行わず様子を見ることはある程度妥当な判断と言えるでしょう。しかしながらこの方法では10%の患者さんは前立腺があるにも関わらず生検が行われないため、診断が遅れてしまう可能性があり、この10%の患者さんを見逃してよいのかという議論が出てきます。つまり、MRIが正常だからと言って、前立腺生検をしなくても良いとは言えないのです。前立腺針生検を行うかどうかは、先述した前立腺がんが存在する可能性、そして生検をしなかった場合のリスクを常に念頭に置き、泌尿器科医と患者さんが常に話し合いながら決定していく必要があると思います。
参考文献
Hara, M., Koyanagi, Y., inoue, T. & Fukuyama, T. some physico-chemical characteristics of “gamma-seminoprotein”, an antigenic component specific for human seminal plasma. Forensic immunological study of body fluids andsecretion. vii [Japanese]. Nihon Hoigaku Zasshi 25, 322–324 (1971).
Papsidero, L. D., wang, M. C., valenzuela, L. A., Murphy, G. P. & Chu, T. M. A prostate antigen in sera of prostatic cancer patients. Cancer Res. 40, 2428–2432 (1980).
Catalona, w. J. et al. Measurement of prostatespecific antigen in serum as a screening test for prostate cancer. N. Engl. J. Med. 324, 1156–1161 (1991).
Aus, G. et al. Individualized screening interval for prostate cancer based on prostate-specific antigen level: results of a prospective, randomized, population-based study. Arch. Intern. Med. 165, 1857–1861 (2005).
Thompson, I. M. et al. Prevalence of prostate cancer among men with a prostate-specific antigen level ≤ 4.0 ng per milliliter. N. Engl. J. Med. 350, 2239–2246 (2004).
Niranjan J Sathianathen, Altan Omer, Eli Harriss et al. Negative Predictive Value of Multiparametric Magnetic Resonance Imaging in the Detection of Clinically Significant Prostate Cancer in the Prostate Imaging Reporting and Data System Era: A Systematic Review and Meta-analysis. Eur Urol. (2020) 20;S0302-2838(20)30223-2